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プロフィール
ミツクニ
ミツクニ
安中市に生息

2021年06月14日

 パーマン 藤子不二雄


No.6


本文
赤津社長は、いかにも学生の頃は悪大将という感じの熱血感。親分肌で人懐っこい顔で笑うところに惹かれた。
穂高物産の社長、武田光司は男でござると小説にも書かれたが、まさにその系統を継ぐ赤津博徳は男でござるそのものだった。
自分も凄く感化されたに違いない。失敗も成功も、こう言う人たちに影響された賜物だ。
また、私は男でござる系の社長に仕える事になるのである。
赤津社長は零細企業なのにどういうわけか、三菱商事とかいすゞ、紅茶を輸入していた丸の内の商社の担当を直接知っていた。
いすゞの人との接待に連れて行ってくれたり、丸の内のビルの打ち合わせにも連れて行ってもらった。そこで、第一エンジニアリングは、コーヒーメーカーの開発をしているという話を売り込んでいた。
実際、第二世代のコーヒーメーカーを開発しなければならないが、誰も専門家などいない。
当時、メイテックという技術屋集団の派遣会社が初めて出来て脚光を浴び始めていた。
その記事を読んで、これは使えるのではと。
新宿の高層ビルに訪ねて行って、担当者に話をした。メイテックなは、まだ家電の専門家がいないと話が流れたのか、上手くいなされたのかは、覚えていない。
広告代理店の広友社で、覚えているのは、企画書を当時まだ普及していないワープロを導入して、辿々しく使っていた事。
JALの鶴丸を考えた超有名デザイナーを使っていた事。
連休の時など、赤津社長は日立に、私は鹿島に帰省するのだが、日立を回って一緒に帰ろうと良く誘われた。赤津社長の自宅に寄ると、必ず泊まって行けと泊まらせられる。奥さんには食事、パンツの洗濯までしてもらって可愛がってもらった。
赤津宅の味噌汁は、味噌汁の様な吸い物の様な、潮汁風の味噌汁で初めての味でよく覚えている。
今思えば、血圧の高かった赤津社長の健康を考えての事だったのかも。
私を泊めたのも、実は奥さんと夫婦喧嘩中だったという事実も。
赤津社長には、男の子が2人いて家に帰ると、家からすぐの砂浜でキャッチボールするのが楽しみだと良く話していた。
下の子が5歳くらいの頃、良く川口の事務所に奥さんが連れて来ていた。当時パーマンという藤子不二雄のテレビアニメが流行っており、工事用のヘルメットに目と、耳をボール紙で作ってやって、パーマンごっこで遊んでやった。
その子が昨今、連絡を取って来て今ではFacebookで繋がっている。
現在、私は63歳、赤津社長も現在で73才のはず。







  
Posted by ミツクニ at 21:20Comments(0)

2021年06月11日

ホダカ物産 自転車部品

No.5
本文
電気工事、防災点検、コーヒーメーカー組立、自転車部品の出荷請負。自転車部品の出荷業務は、穂高物産の社員との共同作業であった。当時はどの様な請負形態か分からなかったが、穂高物産の社長の武田が赤津に赤字を負わせることは無い事は分かった。
昼間コーヒーメーカーを組立、夜は捌き切れない程の注文をこなす為にピッキングを手伝い、夕飯を食べる暇もなく、川口から社宅のある足立区の綾瀬までエルフで通った。夕食を食べて家に着くのはいつも11時頃だった。
暫くして、赤津社長の地元日立の同級生が八百屋を辞めて、赤津の話に乗って、出荷業務の責任者としてやってきた。一緒に若い青年も連れて来た。私より年下で20歳くらいだったと思う。その若いのと、同じ部屋で暮らす事になり、通勤も一緒であった。
夢を語る漢気の者たちのやり取り。従兄弟のアニキと赤津社長のやり取りで、私の給料は無給、私も仕事を覚える為だからと納得。流石に無給では暮らせないだろうと、私の給料は、アニキの会社から10万円払うと。当時でもこれは問題外の額、学生時代東京で喫茶店でバイトが本職になってしまったが、20万稼いでいた。
男の夢に金の事は関係ないのだ。笑。たまに早く仕事が終わると赤津社長が夕食をご馳走してくれるのだが、ここぞとばかり、食いまくって仇を取った気になったものだ。今では一人前も食えなくなったが、若い頃は果てしなく食えたのが懐かしい。
一緒の若いのは、ひょろっとした細い体型で、体力も無かった。
たまの休みの前日の夜に、無理やり遊びに引っ張っていくのだが、うつらうつら船を漕いでたのを思い出す。



  
Posted by ミツクニ at 18:10Comments(0)

2021年06月09日

ホダカ物産 マルキン自転車


No.4
本文
会社の入っていた大きな倉庫は、完成自転車をスーパーに卸す事業が軌道に乗ってきた穂高物産のものだった。
穂高物産はそこで、スーパーで販売するために、自転車部品を袋に詰めてイトーヨーカドーなどに出荷していた。
今で言う、各店からの注文をピッキングして発送するセンターである。
ベルやタイヤ、チューブに自転車カゴなど、あらゆる部品が棚に納められていた。
その棚の間を伝票を持って、注文品をピッキングしていく。グルグル棚をまわり、朝から晩までこれを繰り返すのだ。
一店舗分の品物が揃うと、どこかの会社の定年上がりのおじいちゃんが、ダンボールに詰めていく。一つ一つ量が違っても、ダンボールに器用にカッターで切り込みを入れて折り畳み梱包していく。
後は運送会社が配送するのだが、間に合わなかったりすると、一個でも届けなければならない。
その仕事がよく私に回って来た。
当時いすゞのエルフのワンボックスのディーゼル車が第一エンジニアの社用車だ。もちろんかなりの中古だ。
それに乗って、イトーヨーカドーの何何店と言うだけで、東京の店舗に夜、納品しに行った。
今は、スーパーよりホームセンターがこの形態だが。品物をビニールに入れて紙のヘッダーと言われる厚紙にホチキスで止めたものをフックに引っ掛けて販売していた。その後、真空パックが主流になってくるのだ。






  
Posted by ミツクニ at 20:00Comments(0)

2021年06月07日

オフィスコーヒーサービス

No.3
週3回月水金の夜6時から10時まで4時間血液透析をして病院のベッドにいる。もう14年。
いつも、寝ているかテレビを見ていのだが、スマホでこれを書くには丁度良い時間である。


本文
コーヒーメーカーの製造を今まで作っていた会社から移管して第一エンジニアで製造する。
プラスチックの本体は、どうしたのか知らなかったが、金型を持つ従来の会社に依頼した。
その他の部品は金型も引き上げて、新たに製造先を探さねばならなかった。
川口という土地柄、多くの多様な工場があった。電話帳で職業欄をみて目当ての工場に行って、見本を見せてこうゆうものが出来るか聞く。それを繰り返すうちに、結構詳しくなっていった。
電話帳で探したり、その工場の社長から紹介して貰ったり、またその繋がりをたどったりでどうにか部品を揃えた。
しかし、ど素人のあんちゃんにすれば、後でこうすれば良かったと思う事は沢山あった。
例えば保温皿だが、金型で鉄皿を加工し、それに取り付けのステー金物をスポット溶接し、ホーロー加工をしてもらう。
何百個か作った後に、何個か溶接の歪みが影響してホーローが剥がれる欠陥が出た。
経験値か専門家かなら、何でもない簡単な事だったろう。
しかし、誰もそんな事を教えてくれる人はいなかった。
組み立ては、前の会社で責任者をやっていた人に来てもらい指導してもらう事になった。
社長の赤津さんは、電気工事の方で忙しくいつも会社には不在で、自分ひとりだった気がする。

パートさんを募集して、5人の主婦が、採用された。
若い人が20代後半、上が40代。みな近所のママさん達だ。
指導員の方に組み立て方を、教わり自分も一緒に組み立てに参加した。
なんだかんだ色々あったと思うが、どうにか完成品が出荷出来る様になった。
プラスチックといっても、ABSとか種類がある事。接着にはアセトンを使用、アセトンはABSを溶かして接着する事など、知らない事も多かった。

  
Posted by ミツクニ at 18:27Comments(0)

2021年06月05日

第一エンジニアリング再投稿

No.2
会社の名前は(株)第一エンジニアリング
立派な社名である。電気工事業で防災工事を得意としていた。赤津社長の親分である穂高物産の工場の電気工事、防災工事を一手に請負、結構大手の工場などの防災点検なども職人を使ってやっていた。
赤津社長の営業力で結構仕事を取っていたようだ。今思うと営業力(ハッタリ)が凄かった。

後年小説を読んで理解したのだが、オフィスコーヒーサービスを始めた大久保社長と広友社社長の葛巻は読売広告社の同僚であった。

文化放送のカリスマ営業であった武田とCMを扱う読売広告の葛巻。葛巻が独立して広友社という広告会社を赤坂の雑貨ビルの一室に構えた。

武田が独立して一号社員の赤津とともに、広友社の事務所の机を借りて営業していた。

そのオフィスコーヒーサービス、(株)ダイオーズの企画に参画していたのが広友社だった。
ダイオーズの大久保社長がダイエーの創業者である中内社長に心酔して、エの次のオでダイオーズとつけたと当時聞いた。

ダスキンと小僧寿しのチェーン店であったダイオーズが、アメリカから初めてオフィスコーヒーサービスを日本に持ち込み、自らフランチャイザーとなったのである。
ダイオーズを検索してみたら、一部上場会社になっていた。社長も大久保氏で80歳と。

当時、今のバリスタの様なコーヒーメーカーは無く、大手の家電会社も作っていなかった。
広友社が企画して、オフィスコーヒーサービス用のコーヒーメーカーを家内工業の小さなアッセンブリー会社に依頼していた。

コーヒーメーカー自体は、プラスチック本体と、湯を沸かす電気ヒーター、保温のためのホットプレートのヒーターとホーローの受け皿、電源スイッチと電線、シャワー口のステンレスの金物、シリコンチューブとステンレスチューブとネジ類、簡単な作りであった。














  
Posted by ミツクニ at 11:03Comments(0)

2021年06月04日

第一エンジニアリング!



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No.2
メモ


  
Posted by ミツクニ at 20:49Comments(0)

2021年06月02日

小説 勇気凛々 スピンオフ

No.1
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/勇気凛々

若き頃、川口市で働いた事があって、その社長の親分であった武田光司の一生が高杉良によって小説化されていた。
実名小説で、主人公の子分であった赤津さんの一号社員が私になる。
小説に私は出てこないので、続編を綴っていきたい。笑。

高杉良の企業小説は昔よく読んだ。
今で言う倍返しの半沢直樹だ。 

鹿島にコーヒーメーカーの工場を作って、工場長として経営しないか?
大学を中退して鹿島に帰り、母が宮中内で営んでいた喫茶店を手伝いながらプラプラしていた時だ。
不動産を経営していた従兄弟のアニキから声を掛けられた。
アニキの茨城キリスト教学園高校の親友が新規事業としてコーヒーメーカーの製造を始めると言う。
不動産を経営していたアニキは、バブル前で景気が良かった。
アニキのトヨタクラウンロイヤルサルーンの新車で、親友の赤津さんの会社がある川口市に向かった。
川口市の外れの弥生町、足立区と川を挟んだ町で、工場とか倉庫が立ち並んでいた。
キューポラのある街、吉永小百合主演で映画になったが、そんな洒落た所では無かった。
赤津さんの会社は、大きく古い倉庫の中にあった。倉庫の奥の一角が事務所になっていて、社長といっても社員のいない一人社長であった。その時赤津社長が31か2歳、私が21か22であった。
ダブルの四つボタンの紺のブレザースーツ、お腹が出ていて貫禄があり、頭も少し寂しくなっている。初対面の印象は50代にしか見えなかった。


  
Posted by ミツクニ at 19:04Comments(0)

2020年05月05日

薔薇が咲いた!


庭の薔薇が咲いた。
ピンクはマッカートニー、赤はイングリッドバーグマン。

綺麗な薔薇にはオーラがあるね。
コロナに負けないパワーを感じる。










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Posted by ミツクニ at 19:39Comments(0)

2020年05月02日

コロナ支援で鰻


Facebookグループのコロナ支援で、名古屋の高級鰻屋さんの蒲焼きを頼んだ。

早速届いたので、うな重に。
関西風の蒸さないで焼く蒲焼き。
焼きの具合が絶妙で、蒸して無いのに身が柔らかい。
流石、ひつまむしの名古屋。



  
Posted by ミツクニ at 18:58Comments(0)

2020年05月01日

手作りマスク


うちの奥様がマスクを作ってくれた。
表は化繊、裏は綿で4層構造。
ゴムが売ってないので、捨てる紙マスクから転用。

コロナ収束も、もう少し。
皆んな頑張ろうぜ!


  
Posted by ミツクニ at 20:44Comments(0)

2020年04月30日

折り紙で作るマスク

https://www.facebook.com/100002062488429/posts/2987561807989206/?d=n




ペーパータオルを使って、折り紙でマスクを作る。

取り敢えず、新聞紙で作ってみたよ。  
Posted by ミツクニ at 12:10Comments(0)

2020年04月29日

コロナ支援、訳有り商品

















Facebookグループにコロナの為に売れ残りそうな商品を特価で売るサイトが出来た。
コロナ支援として、何百件の注文がはいる。
私も支援の為に、車海老を注文して早速届いた。
塩焼きに、天ぷら。
頭は素揚げにした。
流石、車海老!甘くて香ばしく超美味しい!
天ぷらは、中身を半生にに揚げるのが、名人技。  
Posted by ミツクニ at 16:34Comments(0)

2019年09月04日

美味しいご飯!


美味しいご飯、自主上映がやっと群馬に。

富岡市で上映されます。

私も見に行きます。

とってもいい映画、きっとご飯の大切さに気付かされる。





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Posted by ミツクニ at 21:28Comments(0)

2019年06月02日

東京駅地下街のサニーズ


伊豆熱川の帰りの東京駅で、昼食!
最近読んだグルメ漫画に出ていた、東京駅地下街のサニーズ。
居酒屋だが、昼のランチで入ってみた。
東京とは思えないリーズナブルな値段。
うちで食べてるような安心感の料理と味。
やっぱり、こういうのがうまいな!
肉定食と魚定食、750円。
嬉しいのが、ちょいカレールー150円。
ちょいキャベツの千切りも注文。
塩辛、手作りではありまん。には笑った。
地下街の行列店に並ばなくても、広くて空いてて、おじさんには安心の店。





















  
Posted by ミツクニ at 17:05Comments(0)

2019年05月20日

薔薇が咲いた!


安中の自宅の薔薇がやっと咲いた。

高崎で咲いてるのを良くいて、安中は遅いなと思っていたところ。

気温がやっぱり少し低いのかな?

今年は、摘蕾せずに小さな花をたくさん咲かせた。







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Posted by ミツクニ at 15:31Comments(0)

2019年05月19日

炭火焼き鳥

お家でキャンプ。

炭火を、起こして焼き鳥。

炭火の遠火でじっくりと焼いた焼き鳥は、一味も二味も違う。

肉がふっくらしていて、香りも美味しそう。

庭でこうやって食べるのもオツなものです。







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Posted by ミツクニ at 13:49Comments(0)

2019年05月18日

草刈正男!


ゴールデンウィークにいつもする草刈も、都合で出来なかったので、昨日、今日、明日と草刈三昧。

ミツクニ、庭園、梅と言ったら?
水戸なら偕楽園、でもここはミツクニの鹿嶋の家。

うちの草刈正男号、ポンコツだかよく働いてくれる。

しかし、最近の、草刈正男はいい演技するよね、真田幸村から始まって、朝ドラのお爺さんと、渋い!
















  
Posted by ミツクニ at 16:22Comments(0)

2019年05月13日

侍マラソン3
























  
Posted by ミツクニ at 08:13Comments(0)

2019年05月13日

侍マラソン2






















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Posted by ミツクニ at 08:11Comments(0)

2019年05月13日

侍マラソン

















  
Posted by ミツクニ at 08:09Comments(0)